スポンサードリンク

川村麻衣子が語る川愛かずみの人気と才能は絶大だった!

爆報!THEフライデーに
出演し可愛かずみさんの
自殺の真相について
川村麻衣子さんが語る
ようです。

 

 

そもそも可愛かずみさん
とはどんな人だったのかに
ついてしらべました。

スポンサードリンク

 

本名は久我知子で1964年
7月9日生まれで東京都出身
3歳上に姉がいる2人姉妹
だったようです。

 

小さい時に両親が離婚し
父親に引き取られ、父の
仕事の転勤で転校が多く

 

仲良くなった友達からの
寄せ書きを見ながらよく
涙ぐんでいたようです。

 

 

そしてそんな転校生活
のせいか、本人曰く性格
『感化されやすい』と話して
いて転校先でもすぐに
周りと仲良くなじんでいた
ようです。

 

高校生時代にはレストラン
でアルバイトをし元気で活発
な子だったようです、そして
高校生のときに美容師になる
つもりだったがスカウトを受け
モデルクラブに登録をしました。

 

高校生ですし、ちょっとしたアル
バイト気分でやってみたので
しょう。

 

しかし最初の仕事が日本株式
会社の宣伝用ポスターで引き
受けると脱がないといけない
内容で可愛さんは『聞いてい
ない』と断ろうとしたが可愛さん
にちゃんと伝えてなかった
担当者が怒られているのを
みて引き受けてしまいました。

 

 

いきなりの仕事で脱ぐなんて
現役高校生なら嫌がる人が
多い中、可愛さんは優しい
性格だったようですね。

スポンサードリンク

このポスターがきっかけで
最初で最後のポルノ作品
に出演しきわどいラブシーン
などは無かったものの

 

スタイルの良さとセクシーで
幼い顔立ちで注目が集まり
シブがき隊主演の映画
『ヘッドフォン・ララバイ』に

 

出演後グラビアアイドル
して人気が爆発します、
当時はダウンタウンの
松本人志さんやとんねるず

 

の石橋高明さんなどが
テレビで可愛さんのファン
だと公言するほどの人気
だったようです。

 

ポルノ作品『セーラー
服色情飼育』に出演した
時には非難していた友人
達もヘッドフォン・ララバイ
が決まった時は祝福して
くれてこの時ぐらいから
プロ意識が芽生えたようです。

 

そしてアイドルとして歌手
デビューも果たし、和田アキ子
さんから『歌の練習をしたアイドル
よりうまいから本格的にレッスン
を受けたらプロの歌手として
やっていけると言われるほど
歌がうまかったようです。

 

 

写真集はプレミアが付いている
物も多く特に『光の中の少女』
『アイドル』は特にプレミア価値
の高い二冊になっています。

 

そんな人気絶頂で写真集
歌、映画やドラマなど
マルチに活躍していた
可愛さんが突然の自殺
してしまったようです。

 
続き⇒可愛かずみ
が残したメモとは?

スポンサードリンク

2015-01-14 21.45.10

コメントを残す