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宮沢りえの写真集santa fe『サンタフェ』が新聞に載った画像

篠原紀信さんが撮影した写真集ビィーナスも話題ですが写真集歴代1位売り上げを未だ超えられていない宮沢りえさんについて調べてみました。

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まず篠山紀信さんとは女性の体の美しさをとる写真家で神ボディとして最近話題になった写真集ビィーナスを販売した筧美和子さんは撮影中は『おばちゃんみたいで見られても恥ずかしくない』と話す巨匠です。

 

 

そんな篠山紀信さんが撮影した宮沢りえさんのヌード写真集santa feは1991年に発売されて155万部の超爆発的なヒットをしました。

 

 

23年も前の写真集の売り上げが未だに破られて無いのはかなり驚きですが、何よりも当時18歳だった宮沢さんが脱いだ事でsanta feを持っていることは児童ポルノ法に触れるのではないかと国会で議論されるほどの社会現象になったようです。

 

 

この国会で議論されたことも知名度を上げたのでしょうね、今では昔よりも取締りが厳しくなっているのでなかなか無いのでしょうね。

 

 

そんなsanta feの販売まではかなりの入念な準備が有ったようで小学生の頃から映画などで主演を勤めるなどトップ女優への道を急速に歩んでいた宮沢さんですがなぜ脱いだのかと言うとマネージャを務めた母のりえママが計画したようです。

 

母として娘を脱がしたく無いと思うのが一般的な考え方だとは思いますが・・・だからこそこの作品が生まれたのですが・・・

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噂ではりえママは作品として娘を扱っていたとの噂もあり、お笑い芸人のたけしさんのホテルに夜に行かせ『ママに言われてきました』と言ってきたが、たけしさんは『早く帰って寝なさい』帰した話しや、年頃の宮沢さんの恋愛をことごとく、りえママの反対で破局に追いやるなどもあったらしいです。

 

 

実際に写真集を撮影してからは情報が漏れたら発売しないりえママとの約束に販売の発表までかなり極秘で進められたようで、発表も新聞全社裸の写真を載せるなどかなりインパクトの有る宣伝をしたようです。

 

 

その画像はこちら⇒宮沢りえ画像

 

 

売り上げを伸ばすための徹底はかなりの物だったのでしょうね、りえママは実はオランダ人の男性と結婚し、その子供の宮沢さんを生んだ後オランダに帰った旦那を追いかけるために宮沢さんを日本の伯母に預けて、単身オランダに行ってしまいました。

 

 

その後オランダでうまく行かなくなり帰ってきて宮沢さんを引き取ったようです、なんだかゾッとする話ですね。

 

 

最近また宮沢りえさんの写真集が話題になっている背景にはヌード写真集の第二弾の噂があることと、AKB48の指原莉莉乃さんが『今しか出せない写真集が出したい!サンタフェ!サンタフェです!サンタフェ』と繰り返したことや、最近卒業した大島優子さんも卒業後にヌード写真集を出すとの噂があるのでそれが原因ではないでしょうか?

 

 

しかし当時ほど人気が集中していない状態でサンタフェの記録を抜くにはかなりのインパクトや内容が求められるのではないのでしょうか。

 

続き⇒筧美和子の神ボディ写真集ビーナスの裏話とは?!

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2015-01-14 21.45.10

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